世界の注目を浴びるジャパニーズ・ウイスキー

世界の注目を浴びるジャパニーズ・ウイスキーは人気が過熱しており、
世界中で高額取引されたり、在庫不足が深刻な状態となっています。
いまクラフト・ウイスキーにも注目が集まっており、今後の展開にますます注目です。

品薄状態が続くジャパニーズ・ウイスキー

ご存知の通り日本国内のみならず、世界中でジャパニーズ・ウイスキーの人気が過熱しています。1990年代から2014年頃まで日本では「ウイスキー冬の時代」と言われた時代があり、日本の各ウイスキーメーカーは生産を縮小したり、蒸留を止めていました。その影響も大きく、今も深刻な原酒不足が続いています。

広がるジャパニーズ・ウイスキーの個性

ジャパニーズウイスキーの二大大手サントリー社とニッカ社による深刻な供給不足が続く中、日本全国で様々な個性をもつクラフトウイスキーブランドが誕生しました。日本特有のミズナラを使用した樽でウイスキーを熟成するメーカー、温暖な南国の地で熟成を進めるメーカーなど、様々なタイプのジャパニーズ・ウイスキーが世界の注目を浴びています。

なぜジャパニーズ・ウイスキーが評価されるのか

1930年頃から本格的に始まったジャパニーズ・ウイスキーの歴史ですが、当時の日本人にはウイスキーは全く受け入れられず、サントリーやニッカですらウイスキーが全く売れない時代で苦しんでいました。そこで日本人の舌に合う、スムーズで繊細な味のウイスキーを開発する事となり、結果的にこれが日本独自のウイスキー文化を生むことになりました。当時は海外に評価されなかったジャパニーズ・ウイスキーでしたが、これが後に世界で評価を受けるようになったのです。ジャパニーズ・ウイスキー最大の特徴は、日本人特有の「繊細さ」を生かしたブレンド技術であり、そのスムーズかつ奥深い味わいで人気を得ています。

Japanese Whisky の輸出状況

世界的な需要は急激に拡大する一方で、供給量に限界があり輸出量を劇的には増やす事ができないのが、ウイスキービジネスの難しい点です。
大手メーカーも将来に向けて設備投資をしており、更にCraft whisky producerも増えたので、長期的な輸出増加が期待されます。

export volume of JAPANESE WHSKY

2016年
4,938,766リットル / 10,844,396,000円

2017年
5,489,113リットル / 13,640,337,000円

2018年
6,208,097リットル / 14,977,532,000円

* 数字は国税庁の発表データによる(2018年)

【豆知識メモ】ジャパニーズ・ウイスキーの歴史

  • 1853年

    日本にまだ侍がいた江戸時代、アメリカ海軍の軍人ペリーが、日本政府にウイスキーをプレゼントした様です。
    これが日本人とウイスキーの初めての出会いだとされています。

  • 1899年

    サントリー 社が大阪で創業(当時の名称は、株式会社 寿屋)

  • 1918年

    「「ジャパニーズウイスキーの父」として知られる竹鶴正孝(後にニッカ・ウイスキーを創業)がスコットランドでウイスキーを学び、本場の製造方法を書き留める。
    これは後に「竹鶴ノート」として「ジャパニーズウイスキー」の歴史に無くてはならない存在となる。

  • 1924年

    サントリー の初代社長だった鳥居信治郎は、ウイスキーに精通した竹鶴を雇い、日本初のウイスキー蒸留所「山崎蒸留所」 を完成させる。

  • 1929年

    初のジャパニーズ・ウイスキー 「サントリー 白札」がリリースされるも、ピートの強い香りが日本人に敬遠され失敗となる。

  • 1934年

    スコットランドの味を求めたいTAKETSURUと、日本人の舌に合うウイスキーを開発したいSUNTORYは意見が対立。
    竹鶴はYOICHI, HOKKAIDOに新会社NIKKAを創業する。

  • 1936年

    ニッカが余市蒸留所でウイスキーの蒸留を開始する。

  • 1937年

    「サントリー 角瓶」 (当時の名称はサントリー ウイスキー 12年 )が発売され、売行き好調となる。

  • 1940~1945年

    度重なる戦争によりウイスキーの消費は大きく下がる。

  • 1946年

    戦争が終わった翌年、庶民向けの低価格ウイスキー「サントリー トリスウイスキー」発売される。

  • 1980年

    サントリーの「サントリー・オールド」が1億4400万本の出荷を記録し、当時は世界一の売上記録して話題となる。

  • 1984年

    サントリーから「シングルモルト・山崎」が発売されるも当時は人気がでず、時間を経て後に日本を代表する銘柄と進化する。

  • 1985年~2008年

    1990年以降はビールやワインの消費が高くなるにつれ、日本のウイスキーは1983年をピークにブームが終わり、消費量が急激に落ちていく。
    追い打ちをかけるように2003年には日本で焼酎ブームが起き、ウイスキーの消費はますます下がる。

  • 2004年

    肥土 伊知郎(あくと いちろう)氏によりベンチャーウイスキー社が埼玉県秩父に設立される。後に「イチローズモルト」が日本を代表するクラフトウイスキーブランドとなるが、当時はウイスキー業界にとって過酷な時代背景であった。

  • 2009年

    サントリーが「ウイスキー角瓶」をソーダで割る「ハイボール」のプロモーションに力を注ぎ、これが成功。
    日本全国に「ハイボール」が浸透し、ウイスキーの消費量が上昇する。

  • 2010年

    「ウイスキーマガジン」主催の「 Icons of Whisky 2010 (アイコン オブ ウイスキー)」において、サントリーが世界一に選ばれ、世界でジャパニーズ・ウイスキーの注目が上がる。

  • 2014年

    ニッカの創業者・竹鶴正孝をモデルにしたドラマ「マッサン」が大ヒット。
    日本中でウイスキーブームが巻き起こり、ウイスキーの地位が一気に上昇する。
    しかし1990年代、2000年代の「ウイスキー冬の時代」に各メーカーがウイスキーの生産量を落としていた事もあり、ウイスキーの原酒不足がより深刻になっていく。

  • 近年

    大手ウイスキー銘柄のみならず、小さなジャパニーズ・クラフト・ウイスキーが注目を浴びる。

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